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薔薇色の人生 Ⅲ

はてなダイアリーで書ききれないことを書きます。スピリチュアルなど。よろしく。

灰色の街~6番目の痛み~

「なーんてな。そんなだいそれたことなんてライブの日程と会場が決まってない限り実行は不可能だし、第一今はあの20年前の大規模なテロ扱いで警察もさすがにだまっちゃいないだろ。ただでさえ怪しい奴がナナ達に近づいてきてたんやから。

お前らも知っとるやろ?」

西村は吹き出して言った。

そういえば、ナナのファンにしては不審な男が毎日のように一人追っかけの中に混じっていた。ナイフをしのばせていたり、握手会で銃を取り出そうとしたり、ラジオ番組の収録でもナナの自宅に郵便物がおいてあった。

そのたびに俺は近くのビルの屋上から彼らを撃ち殺してきた。

郵便物は配達員を装った男を撃ち殺し、素早く港から海に郵便箱を投げたとたん、爆発した。

とても普通のファンにかまってられなかった。

他の3人は保険目当てで殺人を依頼されて夫を殺したし、社長を殺させて自分が就任したり、ライバルのスカウトマンを殺させたり、いずれも大金が転がり込むような依頼だったが、何かがおかしいと内心4人は思っていた。

以前はイジメに遭った女子高生が主犯格の殺害依頼を俺らのHPをみて依頼してきたが、大金がないというので断ったら、彼女は年齢をごまかしてキャバクラでバイトをしていたが親にみつかり、修羅場になった。イジメのことが発覚し事なきを得た。

大金をもらい損ねたと、タクヤはすねていたが。

彼もどこかズレている。俺は日本に来るのは約30年ぶりだった。

神戸の華僑で生まれ育ち子供の頃は台湾人の父親と日本人の母親との間に生まれた。

弟や妹もいた。中華料理屋を営むごく普通の幸せな家庭だった。

あの血なまぐさい事件が起きるまでは。

なぜか広島から流れてきた暴力団と東京から流れてきた香港マフィアとの抗争に巻き込まれ、あの日、目の前で俺以外の家族が目の前で殺された。

俺はショックと悲しみと恐怖と怒りで涙も言葉もでなかった。

そんな俺を生き残りの香港人に拉致されて香港に連れてかれて殺されるのかとおもいきや、突然養子縁組をされた。当然我に返って逃げようとしたがお菓子や飴をくれて、

優しくされて子供ながらに泣きじゃくった。

彼は家族を養う殺し屋だった。

そして素質を見出されたのか、子供のころから厳しい射的訓練をうけた。

学校にも高校まで行かせてもらった。俺は家族を奪った犯人たちに復讐をしようと必死に訓練をした。青春はすべて射撃訓練に捧げた。

失敗すれば容赦なく鉄拳が飛んでくる。やはり家族の一員というよりは後継者としてしかみていないようだった。家族の愛を知らずに育った。表面的にはクラスメイトたちと仲良くしていたが、本当に心を開ける相手はいなかった。今でもいない。過去にたった一人だけいたがもうこの世にはいない。

女に惚れっぽい部分もあるが、信頼はしたことはない。

そんな俺が日本に戻ってきたのは日本への出入りが緩くなったのと、義理の父親が成人したころに亡くなり、マフィアや殺し屋同志の対決などでなんども死にかけたからだ。

麻薬密売者を撃ったり、とにかく金がすべてだと義理の父や中国人に教わった。

シンガポールに高跳びをして、そこでも殺害依頼を受けて撃ちまくった日々もあった。

生きるためには犠牲をはらわなければならない。

そんな自分の人生を呪ったりしたこともあったが結局は自分が選んだ道。

そんな回想をしていた。

たまにそんな幼少の頃の事件の悪夢を見る。

起きると汗びっしょりだった。

隣に寝ていたあやかに「どうしたの?大丈夫」と心配された。

彼女のことは愛していないし愛せない。

「別に、昔の夢をみただけ」と冷蔵庫のハイネケンを取り出して一気に飲み干しながら答えた。

その時、西村から連絡が入った。

また滝川からの依頼があったらしい。